かれこれ30分経過

 

 

 

「ユウく〜ん」
「小春ぅ〜」

部室で繰り広げられているいつもの光景を横目に見ながら、俺は小さく溜息をついた。
小春先輩とユウジ先輩は、練習を終えて部室に戻って来てからずっといちゃついている。
かれこれ30分近くはああしてベタベタしているのではないだろうか。
他の先輩らの話によると授業中もずっとあんな感じだとか。
さすがにそこまでやると周りが引くのではないかと思うが、クラスの人は全く気にしていないようなので、本当におかしな学校だ。
まあ、この学校に「普通」を求めても無駄なのだが。

「ああもう!お前ら暑苦しいっちゅーねん!」

シャワー室から戻ってきた謙也さんが叫ぶ。
確かに見ていてとても暑苦しい。
ギャーギャー騒ぎ立てている謙也さんも正直暑苦しい存在だったが、さすがに黙っておいた。
これ以上暑くされても困る。

謙也さんの言葉に、ええやろ別に、と口を尖らせたユウジ先輩を見遣った。
汗はかいているが、部活で散々動いた後だというのにまだ元気が有り余っているようだ。
謙也さんに向かってなにやら言い返している。

どっちかっちゅーと小柄な方やのに、体力は結構あるんやな、とほとんど体型の変わらない自分を棚に上げて考えていたら、それまで二人のやり取りを黙って見ていた小春先輩と目が合った。
何だか気まずくて、俺はすぐに目を逸らした。

「お前もそう思うやろ!」

突然謙也さんに話を振られてびっくりした。
彼は一応ダブルスのパートナーなのだが、未だに行動が読めない。
全く話を聞いていなかったけど、適当に「そう思いますわ」と答えたら、謙也さんは「せやろ!」と満足そうに頷いた。
どうやら返しは間違っていなかったようだ。

 

それにしても一体いつまで言い争うつもりやろ。
再び騒ぎ出したユウジ先輩たちを見て、俺はまた溜息をついた。
恐らく当分終わりそうにない。

脱いだジャージを畳んでロッカーにしまい、中に置いてあった袋を手に取った。
袋の中にはCDが入っている。
この前初めて知ったのだが、ユウジ先輩も洋楽が好きらしい。
ジャンルは微妙に違うが、俺も洋楽は好きなのですぐに意気投合した。
今まで周りに仲間がいなかったからなのか、会話が弾み、話の流れからお互いのおススメのCDを貸し借りしようということになったのだ。

―まあ先輩はきっと忘れとるんやろうけど。

昨夜真剣に曲を選んで持ってきた自分を馬鹿らしく思いつつ、半ば投げやりに袋を鞄にしまった。

 

 

「光!」

校門を過ぎた頃、後ろから声を掛けられた。
声で予想はついていたが、立ち止まって振り返るとやはりユウジ先輩だった。
ここまで走って来たようで、肩で息をしている。
四六時中一緒にいるはずの小春先輩が、今日はいない。
「間に合わんかと思ったわ」と息を整えながら言った後、ほな行こかとユウジ先輩が歩き出したので俺も少し遅れて歩き始めた。

今日、何か約束しとったっけ。
取りとめもない話をしながら思い出そうとしたのだが、そんな約束はした覚えが無い。
そもそも二人で一緒に帰る事自体初めてだ。
そう思ったら何だか妙に緊張してきた。

「あ。せや」

忘れんうちに渡しとくわ、と何やら袋を渡されたので反射的に受け取る。

「なんスか、コレ」
「何って…CDやんけ」

おススメの持ってくる言うたやろ、とあっさり返ってきて思わず目を見開いた。
約束を覚えてくれてた事が純粋に嬉しくて、でもそんなのは俺のキャラではないので、顔が緩みそうになるのを必死で堪えた。
代わりに口から出たのはいつも通りの憎まれ口だった。

「アホのユウジ先輩の事やから、てっきり忘れとるかと思いましたわ」
「誰がアホやねん!人を忘れっぽいみたいに言いよって!」

俺の発言にムッとしたユウジ先輩に、軽くどつかれた。
別に痛くは無かったが「痛いっすわ」と文句を言うと、ユウジ先輩は満足そうに笑った。

その笑顔に迂闊にもときめいてしまったなんて―――

何かの間違いだと自分に言い聞かせながら、何だか悔しかったのでユウジ先輩のわき腹をくすぐっておいた。

 

 

 

 


(2009.5.15up)