チケットの行方

 

 

 

俺は人からよく「愛想がない」だの「怖い」だの言われるが、それは昔からの俺の性格だから仕方が無いし、別に直そうとも思わない。
無愛想な点を除けば、他は至って普通だ。俺はユウジ先輩や小春先輩たちとは違う。

 

―だから今こうして、先輩を前に緊張しているのも決して変な意味ではない…と思う。

 

「先輩」
「光?どないしたんや」

俺の呼びかけに気付いたユウジ先輩が振り返る。
着替えている途中だったのでボタンが中途半端だったけど、彼は特に気にする事もなく、手を止めて俺の言葉の続きを待った。
小春先輩は今、部室にいない。
ユウジ先輩の隣にいる謙也さんが何事かとこちらを見ているが、まあいいだろう。

 

自然と握っている手に力が入る。

手にしているチケットがくしゃっと小さく音を立てた。

 

「先輩、今週末のお笑いライブに行きたい言うてましたよね」
「おお、言うとった言うとった」

チケット取れへんかってん、と残念そうに話すユウジ先輩に、コレ。と持っているチケットを見せた。

「ん?なんやそれ…ってそのチケットやんけ!え、これどないしたん」
「兄貴からもろたんですわ」

仕事で行けんくなったみたいなんで、と続ける俺の声が聞こえているのかいないのか、先輩は目を輝かせながら俺の手元を見つめている。
ええなあ、と繰り返すその姿があまりにも子供っぽくて、笑いを堪えるのに苦労した。

「2枚あるんやけど」
「ん?」
「一緒に連れてったってもええですよ」
「え!ホンマにええの!?」

普段なら「なんでそない上から目線やねん!」とツッコミが入るところだが、それどころではないらしい。
本当にいいのかとしきりに訊ねてくるので、ええですよともう一度告げると、先輩はそれまでにないぐらい満面の笑みになった。
そんな笑顔を向けられるのは初めてだったので、俺は不覚にも固まってしまった。
いつもは小春先輩にだけ向けられている表情だ。
内心激しく動揺していたのだが、この時ばかりは自分の無表情さに感謝した。

「いやあ、お前ええヤツやなあ!」
「ちょ、痛いっすわ」

笑いながら人の背中をバシバシと容赦なく叩いてくるユウジ先輩に文句を言いつつ、俺は自分が心底ホッとしている事に気付き、さっき以上に動揺した。
なんでこないホッとしとるんやろ。
別に断られたら他の人を当たればええだけやろ。
表情にだけは絶対出さないように気をつけながら、いつもの調子を取り戻そうと努力する。

なんで真っ先に彼に声を掛けたのか。
なんであんなに緊張したのか。
なんでこんなに週末が楽しみで仕方ないのか。

 

本当はとっくに答えが出ているのだが、それにはまだ気付かないフリをしておいた。

 

 

 


(2009.5.14up)