放課後の廊下をゆっくりと歩く。
もうとっくに部活が始まっている時間なので人がいなくてとても静かだ。
本来なら自分も部活に参加しているはずなのに…と、日吉は自分の背中で気持ち良さそうに寝息を立てている先輩をチラ見しつつ、小さくため息をついた。

 

 

 

 

talking in his sleep

 

 

 

 

ジローを探して来いと言われたのは部室で着替えを終えてすぐのことだ。
前までそれは樺地の役目だったのだが、最近はよく日吉が指名されるようになった。
跡部が毎回樺地に任せるのは可哀想だとか何とか言っていた。
だったら部長が自分で探しに行けよ…なんて当然言える訳もなく、こうして今に至る。

今回は思ったよりも時間がかかってしまい、見つけた時には既に部活開始から30分以上経っていた。

なんであんな隙間で隠れるように寝てるんだよ…と文句を零しつつ、しかし背負っているジローを起こさないように出来るだけゆっくりと歩いていく。

何だかんだで日吉はジローに甘いのだ。それは日吉も自覚していた。
そんな日吉にだからこそ跡部が頼んでいるのだとも分かっている。
跡部もジローには甘いのだ。

 

先輩たちはみんなジローさんに甘すぎるんだよ…と自分の事を棚に上げてブツブツと呟く。
すると今までぴくりともしなかったジローが小さく身じろいだ。
起きたのか?と思い後ろを振り向く。背中に顔を埋める形になっているのでよく分からない。

「ジローさん、起きたんですか?」

立ち止まって声をかけてみるが返事はない。
やっぱり寝ているのか…と再び歩き始めようとしたら、ジローがまたもぞもぞと動く。

「ひよし…」

ジローに小さい声で呼ばれたので「はい」と返す。
しかしいつまで経っても次の言葉がない。
気のせいか…?と思い始めた頃にまた微かなささやき声が聞こえてきた。
日吉は聞き逃さないように耳を傾ける。

「…き」

「?」

「大好き」

「!」

予期せぬ言葉に思わずジローを落としそうになったが何とか耐える。
急に何を言い出すんだこの人は。
顔に熱が集中していくのが分かった。

心臓がバクバクと煩い。

 

「お、俺も…」

辛うじて搾り出した声は掠れていた。
思わずとどもってしまった自分を情けなく思った。

 

「…」
「…」
「…?」

 

ジローからの返事が一向に来ない。
不思議に思って後ろを見てみる。

 

「ジローさ…って寝てる!」

 

振り返った先には、目を閉じてすやすやと気持ち良さそうに寝ているジローがいた。
さっきのは寝言だったのかよ…!
途端に恥ずかしさがこみ上げてくる。俺のさっきの勇気を返せ。

「クソッ…!」

何に対してなのか分からない悪態をつく。
日吉がジローに振り回されるのはいつもの事だが、今回は特に恥ずかしい。
紛らわしい寝言はやめて欲しい…と半ば八つ当たりのような事を思いながらさっきよりも早足で部室に向かう。

 

ジローが夢の中でも自分を好きでいてくれている事が嬉しいと思っている自分に気づかないフリをしながら。

 

 

 

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talk in one's sleep=寝言を言う

(2009.8.30up)