1.寝言

 

 

 

「またこんな所で寝て…」

溜息と共にそう呟くと、日吉は半ば呆れたように足元を見下ろした。
そこにいるのは、部活の先輩…なはずのだが、こうして世話を焼いていると一体どちらが先輩でどちらが後輩なのか時々分からなくなる。
とにかくこの先輩は自由すぎるのだ。

今日も今日とて、部活が始まって早々に跡部に呼ばれた。
理由は聞かずとも分かっていたが、しぶしぶ呼び出しに応じると、案の定ジローを探して来い、と命令された。
何で毎回俺なんだ…と不満をぶつけたいのは山々だが、部長命令に逆らえるわけも無く。
二つ返事で答えるしかなかった。

 

文句を言いつつも、そんな自由奔放な先輩に振り回されている事がそれほど苦痛に感じていない自分もどうかと思うが。

 

「ジローさん、起きてください」

「んー…」

「部活の時間ですよ」

 

何度声をかけても全く起きない。
続けて体を揺さぶってみたけれど、生返事が返ってくるだけで反応は全く無いに近い。
さて、どうするべきか。
最悪そのまま担いで行く事も可能だが、できればそれは避けたい。
寝ている人間は意外と重い。
いくらこの先輩が小柄だとは言え、日吉は部活前に体力を使うのはごめんだった。

途方に暮れて、再び溜息が漏れる。
すると今まで全く起きる気配が無かった先輩がもぞもぞとし始めた。

ようやく起きるのか?と思いその様子を見ていると、彼は幸せそうな寝顔のまま何か呟いた。

 

「…し」

「…?」

「ひよし…」

「!」

 

今、はっきりと、この先輩は俺の名前を呼んだ。

一瞬起きたのかと思ったが、そのままムニャムニャと言葉にならない音を発している所をみると、どうやら今のは寝言だったようだ。
幸せそうな顔をして、一体どんな夢を見ているのだろうか。
俺は夢の中で何をしている?
日吉には分からなかったが、自分の顔が瞬く間に熱くなってきた事は嫌でも分かった。

 

 

文句を言いつつも、毎回この先輩を起こしに来る理由。

 

それは、単に部長命令に逆らえないだけではなく。

 

「クソッ…」

 

何だか悔しかったので、赤い顔のまま先輩のほっぺたを両手で引っ張った。

 

 

 

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日吉→ジロみたいな。ジローに幸せそうな顔で名前を呼ばれて舞い上がる日吉。

(2009.2.3up)