そんなこんなで。

 

 

 

君のコイビト。

 

 

 

 あの後、亜久津のお母さん(とても綺麗な人だった)から人形用の家具を譲り受けた俺は、千石と共に何とか無事に我が家に帰り着いた。
 まさか亜久津に勘違いされているとは思わなかったけど(後で千石に聞いた)(爆笑され過ぎて少しムカッとした)、助かったことには変わりないという事で、あまり気にしないことにした。

 

 …本当はとても気になるのだけど。

 

 「人形好き」だという勘違いが他のやつらに広まったら、俺は地味ではなくなってしまう。いや、地味じゃなくなるのは嬉しいが、そんなイメージなら正直いらない。
 究極の二択だな…。地味か変態か。そりゃ地味がいいよな、うん。

 

 …自分の事を地味地味言っている俺もどうかと思うが…。

 

 うん、そうだよ!俺は地味なんかじゃないんだ…!俺の周りのやつらが派手すぎるだけなんだよ!

 あ、また話が脱線してしまった。

 

 まあ亜久津は誰にも言わないって約束してくれたし、気にしては駄目だよな。

 

「…よしっ、出来た!」

 

 気にしない、気にしないと呪文のように繰り返しながら、俺は作業を終わらせた。

「…何がー?」

 千石が布団の中からそう訊ねてくる。コイツ…今、寝てたな?マイペースすぎる寝ぼけた声の千石に呆れながらも俺は返す。

「お前の部屋だよ」

「…俺の部屋?」

 あ、今の首を傾げる姿はちょっと可愛い。そこまで考えてからハッと我に返り、頭を思いっきり振って誤魔化した。
 違う違う!別に人形サイズだから可愛いんじゃなくて、千石本人が可愛…ってそれも違う!何恥ずかしい事考えてるんだ俺は!

 青くなったり赤くなったりと百面相をしている俺に驚いたのか、千石が「…南?」と恐る恐る声を掛けてきて我に返った。
 いけないいけない。今日の俺はテンションが変だ。落ち着け自分、と言い聞かせながら千石に返事をした。

「えっと…うん、そう。お前の部屋」

 一瞬何の話だったか忘れかけたが、しっかり思い出してそう答えた。疑問に思っている千石をそっと優しく抱き上げ、俺は机の方へと連れて行く。

 一番下の大きめの引き出しの中。そこに先程もらった家具を並べてある。

「うわあ…!」
「ひとまず必要そうなのは揃えてみた」

 ワンルーム、トイレ付き。と言うと聞こえはいいが、流石にトイレは造れなかったので、折り紙で箱を作ってそこにトイレットペーパーを敷き詰めただけのものだ。折り紙なら何度でも新しく作れるしな。

 千石は嫌がるかな、とドキドキしたが「作ってくれただけで充分!」と言って貰えてホッとした。
 その他に、机と椅子、鏡台にタンスなどが揃っている。おもちゃとはいえ、結構色々あることに驚いた。

 

「南みなみ!これソファなのに凄い固いよ!」
「そりゃソファみたいに絵が書いてあるだけで、実際はベンチと同じようなものだからな」
「すっげ!これでちゃぶ台返しが出来るよ!」
「ご飯が乗ってる時にはやるなよ…?」

 嬉しそうな千石を見ているとこっちまで嬉しくなる。
 どうにかなって本当によかった。

「…?これは?」

 千石が指した方向を見てハッと気付く。そういえばまだそこは作りかけだったな…

「それは…ちょっと待てよ」

 ゴソゴソと上の引き出しを開けて取り出したのは豆電球。理科の時間に使ったやつだ。これも何かに使えるかも…と思って取っておいたものだった。

「これをここに繋げば…」
「あっ!それ実験でやった!」

 パッと豆電球に明かりが灯る。俺から見ると薄暗い光だが、千石にとっては眩しいようで、目を細めながら豆電球を見ている。

「もし千石が暗いな、と思ったらそれが明かりの代わりになるかと思ってさ」

 

 千石が中にいる時にこの引き出しを閉めることは無いだろうけど、と付け加えていると、千石がこっちをじっと見て来た。

「…どうした?」

「南っ!俺、南のおかげですっごく助かったよ!本当に色々とありがとう!」
「ああ、どういたしまして」

 少し照れたように、でも満面の笑みでそうお礼を言う千石に、正直照れ臭くなりながら俺は返した。
 これで今日千石にお礼を言われるのは2回目だ。普段言われなれてないだけに何とも言えず、むず痒い。

 

 不意に千石がしゃがみ込み、俺はギョッとした。

 

「どうした!?」

「改めまして、ふつつか者ですがこれからもよろしくお願いします」

 具合でも悪くなったのかと慌てる俺の心配を余所に、正座をした千石が神妙な面持ちでそう挨拶した。
 そんな千石を見て、失礼ながら俺は思わず噴き出してしまった。

「ちょ!人がきちんと挨拶してるのに!」

「…ははっ、いや、悪い。そうだな。こちらこそよろしくな」

 

 むー!と膨れて足をジタバタさせている小さい千石を見て、俺は更に笑いが込み上げて来た。

 

 

 これから先、問題は山積みだろうけど、2人で頑張って乗り越えていこう。

 心からそう思えたひと時だった。

 

 

 

 

 

続く。

(とても長い一日でした)(2007.3.19up)