「え、今日南休みなの?」
ロッカーをバタンと閉めながら東方を見やる。
あと10分で朝練が始まるというのに、部長である南がまだ来ていない。
メールの返信を終えた東方が「どうやら風邪をひいたみたいだ」と教えてくれて、千石は目を丸くした。
「風邪って…」
「まあ、昨日から調子は悪そうだったからな」
確かに、と千石は昨日の南の様子を思い出した。
言われてみれば少しダルそうにしていた気がする。
真面目人間で責任感の強い南は早退することもなく最後まで残っていたが、もう少し自分の事にも気を配ってもいいと思う。部長としては立派なのだが。
それにしても――
「南らしいっていうか何ていうか…」
「…そうだな」
千石がカレンダーを見ながら呟くと、気付いたように東方が苦笑した。
今日は7月3日。つまり南の。
「せっかく帰りにコロッケ奢ってあげようと思ったのに」
「それは元気になるまではお預けだな」
つまんないの、と千石が口を尖らせると、隣で笑う気配がした。
Happy?Birthday!
外から聞こえてくる子供のはしゃぐ声で南は目を覚ました。
随分長い間眠っていたようだ。
カーテンの隙間から入ってくる陽射しの角度からして、恐らくもう夕方頃なのだろう。
何となく時間を確認する気も起きず、少し寝返りを打つに留まった。
薬を飲んでよく眠ったおかげか、熱っぽさや体のダルさは消えていた。
代わりに寝過ぎたとき特有の頭痛が少しした。
特にすることもないのでもう一眠りしようかと目を瞑っていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。
おそらく母親が様子を見に来たのだろう。
そう思い返事をすると、予期せぬ人物が部屋に入ってきて南は上半身を起こしながら驚きの声を上げた。
「千石…?」
「やぁ。南生きてる?」
「風邪の具合はどう?」ではないのが千石らしいな、と思いながら掠れた声で「おかげさまでな」と返すと、ベッドの傍まで来た千石が「それはよかった」と笑いながら近くの椅子に腰掛けた。
椅子がギィっと小さく音を立てる。
「南が風邪なんて珍しいね」
俺びっくりしちゃった、と独り言のように呟く千石に南は苦笑した。
人を一体なんだと思っているのだろうか。
何か言い返そうと口を開くが、言葉より先に咳が出てきて焦る。
ゴホゴホと噎せていると千石が背中をさすってくれた。
何だか優しさがむず痒い。
しばらくすると咳も治まり、ホッと一息ついた。
わざわざお見舞いに来てくれたのは嬉しいが、風邪をうつす訳にはいかないと思い「千石」と声を掛けたが、千石は「んー?」と生返事をしながら何やら鞄の中を漁っている。
もう一度話しかけようとしたが、それよりも先に「はい、」とペットボトルを渡された。
中にはスポーツドリンクが入っている。
「これは…?」
「みんなからの差し入れ。『早く元気になれよー』だってさ」
「みんなが…」
思わぬ気遣いに南が感動していると、千石は再び鞄の中をガサガサとし始めた。
まだ何かあるのだろうか。
自然とワクワクしてくるのを止められなかった。
「南が早く治るように千羽鶴を折ろうって事になったんだけど」
「え、作ったのか」
「うん、でも途中でめんどくさくなってやめちゃった」
メンゴメンゴ、と手渡されたのは、折り紙の鶴×5個だった。
全く千羽鶴ではない。
おまけに鶴の数はレギュラーの人数にも満たない。
飽きるの早すぎるだろ…と複雑な心境を隠しきれないまま、しかし律儀にお礼を言うと、「あとねー」とまたしても千石が鞄を開く。
まだ何かあるのだろうか。
嬉しいようなそうでもないような気持ちであまり期待せずに(酷い)千石を眺めていると、「はい!」とさっきまでと同じノリでさっきよりも大きな包みを渡された。
前の2つと違い、こちらは綺麗にラッピングされている。
「これって…」
「みんなからのプレゼント。誕生日おめでとう」
予期せぬ展開に目を見張る南を横目に、「本当は部活の後でサプライズパーティーをやろうと思ったのに、南ってば休みなんだもん」と千石が不満そうに続けた。
「メールの返事もないしさ」と言われて、そういえば夜中に何度か携帯がメールの受信を告げていた事を思い出した。
体調が悪くて記憶があやふやだが。
「ありがとう…」
プレゼントを抱えたままそう告げると、何だか少し泣きそうになった。
病気の時は普段よりも涙もろくなるのかもしれない。
気持ちが嬉しくて、でも休んでしまったことが申し訳なくて、「ありがとう」ともう一度繰り返すと、肩をポンポンと優しく叩かれた。
それが子供をあやす時の仕草のようで、南は思わず笑った。
「みんなも心配してるからさ、」
「ああ」
「早く元気になってよね」
「そうだな……みんな『も』って事はお前も心配してくれたのか?」
ふと気になって問いかけると、まさかそんな切り返しが来るとは思っていなかったのか、千石が瞠目した。
期待に満ちた目で見つめていると、千石の顔が一気に赤くなった。
悔しそうに下を向きながら「当たり前じゃん」と小さく呟く千石が可愛かったので思わず抱きしめた。
風邪をひいて散々だけど、こんな誕生日もたまにはいいかもしれない。
そんな事を南が考えていると、腕の中から「南…熱い」と文句が聞こえてきた。
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誕生日なのに風邪をひかせてすみません…
みんなに愛されてる南が書きたかったので…
上手くまとまらなくてガッカリ。
(遅くなったけど南誕生日おめでとう!)(2009.7.12up)
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