「南ーどこまで行くの?」
「あと少しだ」
さっきからずっとこの繰り返し。千石がまだかと訊ねて、南がもう少しと答える。
何度目になるのか分からないこのやり取りを続けながら、千石は前を歩く南を見遣った。
行き先が分からないので自然と少し後ろを歩いているのだが、考えてみればこれはなかなか無い状況だ。
いつもは自分が先頭を切って歩き、それに南が付き従う事の方が多い。
何だか貴重だ、と物珍しさに思わず南の背中を凝視してみるが、南は振り返ることなくどんどん進んで行く。
そういえば、いつも俺が後ろを向きながら歩いていると、危ないからちゃんと前を向け!って怒られるなあ、と千石はぼんやり考えた。
確かに、一度それで電柱に頭をぶつけた時はびっくりしたけど、あれはちょっと油断してただけだ。
それ以来、電柱には気をつけているし。
南は妙に生真面目だと思う。
この時期の日没は早い。
あっという間に太陽は姿を消し、代わりに月がぽっかりと浮かんでいる。
少し風が出てきたので、千石は寒さから逃れるようにマフラーを口元まで上げた。
こうすると多少は暖かくなる気がする。気がするだけかもしれないけど。
風が吹くたびに、持っている紙袋がガサガサと音を立てる。
今朝、千石が家を出る時点では無かったそれは、部活の時にみんなから貰った誕生日プレゼントだ。
その前にもメールで色んな人から祝ってもらっていたが、やはり直接「おめでとう」と言われると嬉しい。
部室でささやかなパーティーまでしてもらい、今日は良い事ばかりだ。
そんな中、南に「一緒に行きたい所がある」と声をかけられたのは、千石が帰る直前だった。
元々南と帰るつもりだった千石は、二つ返事で了承した。
他の部員と別れ、どこに行くのか問いかけてみても、南は「行ってからのお楽しみだ」としか教えてくれなかった。
目的地が気になってしょうがなかったが、千石は素直についていく。
そして今に至るのだが。
「ねぇ南、」
「着いたぞ」
「え?」
それまで前を見続けていた南がようやく振り返る。
そして千石の言葉を遮るように到着を告げた場所は、小高い場所にある丘だった。
「ここ?」
「ああ」
周りを見回しても特に何も無い。
千石が首を傾げていると、ちょっとこっちに来てみろ、と南に手招きされたので側に駆け寄った。
「うわあ…!」
丘の頂上にたどり着くと、そこはまるで別世界だった。
空には星が輝き、眼下には街のイルミネーションがキラキラと広がっている。
冬は星がよく見えると誰かに聞いた事があったが、ビルに囲まれた日常ではなかなか確認することができない。
街外れのこの場所ならではの光景なのだろう。
「綺麗…」
「だろ?」
自然の輝きと人工的なそれが見事にマッチしていて、ずっと見ていると何だか吸い込まれそうだった。
思わず小さく呟くと、満足気な南の声が聞こえてきたのでそちらを見た。
「どうしても千石に見せたかったんだ」
嬉しそうに笑う南と目が合った。
夜景の影響なのか、南の瞳もキラキラして見える。
「誕生日、おめでとう」
南から目が離せない。
キラキラキラキラ。
千石は、自分がまるで異世界に迷い込んだような錯覚に陥った。
キラキラ光る景色に包まれた南を見ていると―――
「あははっ!どうしたのさ南!すっげぇキザ!」
堪えきれずに「プッ」と吹き出した後、千石はゲラゲラと笑い出した。
あの南が!キザな事してる!と今にも笑い転げそうな千石を見て、南は呆然とした。
まさか笑われるとは思わなかったのだろう。
喜んでくれると思ったのに…と南がショックを隠しきれずにいると、ヒー!苦しい!と散々笑い倒した千石が、目尻に溜まった涙を拭いながら「でも、」と続ける。
「こんな風に祝ってもらったのは初めてだし嬉しいよ。ありがとね、南」
「千石…」
あからさまにホッとした様子の南を見て、千石はまた笑った。
そのまま踵を返して、あーお腹減ったーと零すと、一瞬キョトンとした後、南が笑いながらじゃあどこか食べに行くか、と返してきた。
もちろん南のオゴリね!と言うと苦笑いされたが、そのまま並んで丘をおりていく。
二人の頭上では、相変わらず星がキラキラと光っている。
―何だか悔しいから、さっき不覚にも南にときめいただなんて、絶対に教えてあげない。
(2010.1.25)(遅すぎる誕生日祝い)
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