貴方がいない学校、なんて。
風邪っぴき
「おはようございます」 「おー!日吉!もう風邪は治ったのかよ?」 「はい、おかげ様で」 いや〜元気そうでよかったよかった!と人の頭をポンポンと叩いてくる先輩に、少し嫌そうな顔をしながら日吉は答えた。日吉よりも背が低いこの先輩は、ぴょんぴょん跳ねながら頭やら肩やらを叩いてくる。 先輩じゃなかったら仕返ししてやるのに、と物騒な事を考えながら、日吉は部活を始めるべく準備にかかる。
「おいジロー!日吉復活したぜ・・ってまた寝てんのかよ」 日吉の恋人である芥川にも報告しようと向日は振り返ったが、芥川が机に突っ伏して寝ている事に気付き、呆れた様子だ。起きろー!と声を張り上げる向日に他のレギュラー達は何事かと振り返るが、叫んだ相手が芥川だと知るとすぐまた顔の向きを元に戻した。 「んー・・・がっくんおはよー・・・」 「『おはよー』じゃねーだろ!もう部活始まるぜ!」 「んー・・・?あー・・・もう授業終わっちゃったんだー?」 「・・・もしかして、お前授業中もずっと寝てたのかよ」 芥川の寝ぼけながらの発言に向日は再び呆れてしまう。一体この万年寝太郎は何時間眠れば気が済むのだろうか。 「まだ眠い・・・寝る・・・」 「あっこら!お前がいないと跡部の機嫌が悪くなるだろうが!!」 起ーきーろー!と再び叫び始めた向日の横を、それまで2人の様子を黙って見ていた日吉が通り、芥川の寝ている椅子の正面に立った。 「おい、日吉?」 「一体いつからですか」 向日に返事をせずに日吉は芥川に尋ねる。彼にしては珍しく要領を得ない質問だったが、芥川にはちゃんと伝わったらしく、芥川は伏せていた顔を上げ、少し居心地が悪そうに答えた。 「・・・昨日の夜から?」 「じゃあ何で今日学校に来たんですか」 「だって〜・・・」 「だってじゃありませんよ。こんなに熱も出てるのに」 そう言って芥川のおでこに自分の手を当てる日吉を見て、向日はぎょっとしたように問いかけた。 「熱って・・・お前具合が悪いのかよ!?」 「んー別に・・・「これは完全に風邪ですね。」 最後まで言い切る前にそう返した日吉は、不意に芥川を持ち上げた。所謂、お姫様抱っこと呼ばれる状態で。 「今日は芥川さんを送って行くので、部活は休みます。跡部部長にそうお伝えください」 「お、おう・・・」 日吉と向日とのやり取りの間も、ぐったりしたまま動かない芥川を見ると、本当に具合が悪いんだな、とひしひしと伝わってくる。向日が何も言えずにいると、日吉は一旦芥川をソファに座らせ、すばやく身支度を始めた。 そして、支度が終わると、今度は芥川を背負う形で去って行った。 2人が帰った後の部室はしばらく静かだった。 「ジロー・・・風邪だったんだな・・・」 「ああ。・・・俺、全然気付かなかったぜ・・・」 「ジロー先輩、大丈夫でしょうか・・・?」 「すぐに元気になって戻って来るやろ」 「ウス・・・」 ぽつりぽつりと話し始めたレギュラーたちの中で、向日は今ここにいない部長に思いを馳せる。 きっと、ものすごく心配するんだろうな・・・。 その様子を想像し、今から少しウンザリした。 そういう自分も勿論心配なのだが。
空は夕焼け色に包まれている。普段ならばまだ部活がある時間なので、何だか少し新鮮だ。 「どうしてわざわざ学校に来たんですか?」 「だって・・・」 「だってじゃないですよ。悪化したら困るのはアンタでしょう」 言い訳めいた返事をしようとする芥川に、日吉は少しきつい口調で返す。 日吉の言葉に気分を害したのか、拗ねたように芥川は言った。 「だって・・・うちにいたら、日吉に、会えないじゃん」 その言葉に驚いた日吉は、動かしていた足を止め、芥川の顔を見ようと振り返った。芥川は日吉の背中に顔を付けていたため、残念ながら表情は分からなかったが。 「…わざわざ芥川さんが学校に来なくても、俺がお見舞いに行くに決まってるんだから別にいいでしょう」 日吉は何気なく言ったのかもしれないが、芥川にとってはかなり嬉しい言葉だった。 おんぶされてて良かった。 自分の事に精一杯な芥川が、日吉の耳が真っ赤であることに気付かなかったのは幸か不幸か。 「じゃあずっと休んでようかな」 へへっと嬉しそうに話す芥川に、日吉は呆れたように返す。 「・・・なんでそうなるんですか・・・」 「だって、ひよしはお見舞いに来てくれるんでしょ?家で寝てるだけでひよしに会えるなんて最高だC」 「そんなの駄目ですよ」 「えー?なんで?」 「なんでって・・・先輩が学校にいないと、俺が寂しいでしょう・・・」 言ってからしまった!と日吉は後悔したがもう遅い。 芥川は再び赤い顔をして目を見開いた後、すぐに早口でまくし立てた。 「じゃあもう風邪引かない!学校も休まない!日吉に寂C思いなんてさせないよっ!!」 「いえ・・・その、別に、そういうつもりで言った訳じゃ・・・」 じゃあどういうつもりだったのか、と訊かれたら、言葉に詰まるのだろうけれど、日吉はごにょごにょと言い訳をしている。そんな背中にホッとため息がかかった。 「でもよかった」 「・・・?」 「俺だけが寂Cのかと思ってたからさ」 「・・・そりゃ俺だって寂しいですよ・・・」 芥川の声が心底安心したという感じだったので、日吉も素直に答えた。 「俺の風邪が治ったら、一緒に試合しような」 「そうですね。次こそは俺が勝ちますよ」 「俺は負けないC!」 顔が赤いのは夕日の色が移ったせいだ、と自分に言い聞かせながら、日吉は芥川家に向かって進む。幸せそうな、背中にいる先輩をちらりと見て、たまには素直になるのもいいかもしれない、と少しだけ日吉は思った。
夕日に照らされた2人の影が、長く重なり合っていた。
*おまけ* 「あら、ジロー!どうしたの!?」 「風邪を引いているようだったので・・・」 「まぁ!わざわざすみません。ジロー、先輩にちゃんとお礼は言ったの?」 「え・・・?」
+++++ 風邪っぴきの続編・・・? もっと上手く文章が書けるように、修行が必要だ・・・!(修行って・・・) (2007.2.25up) |