―――ピピピッ 朝の静かな部屋の中に無機質な機械音が鳴り響く。
「・・・38度2分・・・」
どうやら完全に風邪を引いたようだ。
風邪っぴき
そういえば、先日から少し体がだるかった気がする。気のせいだと思ってそのまま放って置いたのがいけなかったのだろう。 部屋の窓から朝日が差し込み、思わず目を細める。 体調が回復して学校に行けるようになったら、同じクラスの樺地に休んだ分のノートを借りて少しでも早く勉強の遅れを取り戻さなければ。 日吉は、風邪を引いたのは久しぶりだった。 中学に入って以来、ずっと部活一筋で休む暇など無かった。 「・・・だるい・・・」 考えることも億劫になって来た日吉は、目を閉じ、しばらく眠る事にした。
―――コンコン。 控えめなノックの音で目が覚めた。 いつの間にか部屋の中は夕日に包まれている。もうそんな時間なのか・・・と考えながら、日吉は返事をする。 「具合はどうかしら?若さんのお友達がお見舞いにいらしてるのだけど・・・」 「友達、ですか?」 母親の言葉に日吉は首を傾げる。樺地か鳳だろうか。しかし、今はまだ部活の時間だろうに・・・ 「日吉、大丈夫?」 そう控えめに訊ねた人物を見て、日吉は思わず目を丸くした。
「・・・芥川さん?どうして・・・」 「今日学校休んだって樺地に聞いたから。」 はいこれお見舞い品、と林檎を差し出す芥川を見て、日吉は困惑の色を隠せない。 部活を休む理由も「眠かったから」で済ますような人が、まさか自分のお見舞いに来てくれるとは…。
ごゆっくり、と言い残し母親が去った後、部屋には暫く沈黙が続いた。 「・・・具合は、どう?」 「今日は一日中寝ていたので、随分楽になりましたよ」 「そっか。よかった」 簡単な会話が終わった後、また沈黙。いつもの芥川さんらしくないな、と日吉は思った。 「・・・日吉が、」 「はい」 「日吉が今日学校に来てないって聞いて、すごく寂しかったC・・・」 「え・・・」 「心配で、授業中もいつもより眠れなかった」 「それは良いことなのでは・・・」 「部活中も気になってテニスどころじゃなかったから、あとべに頼んで早退してきた」 「・・・部長は芥川さんには甘いですからね・・・」 芥川の発言に突っ込みを入れつつも、日吉はなんだかくすぐったいような気持ちになった。 心配、してくれたんだ。 普段寝る事が日課な先輩が、気になって眠れなくなってしまうほどに。 「もう大丈夫ですよ」 「・・・ほんとに?」 「はい、大分元気になってきましたし」 日吉の言葉を信用していないのか、芥川は暫く疑わしげに見ていたが、不意にぽつりと呟いた。 「・・風邪って人にうつすと治るって言うよね・・・」 「?芥川さ・・・」 何を言ったのか聞き取れなかった日吉は、疑問に思って訊き返そうとしたのだが、その前に芥川によって遮られてしまった。 何ですか、と訊ねる前に芥川の顔がどんどん近づいて来る。
「――・・・・・・」
反射的に目を閉じた日吉は、自分の唇に柔らかいものが触れたのを感じた。 「・・俺にうつせば、早く治るよね」 芥川の言葉に日吉がゆっくりと目を開けてみると、そこには外の夕焼けよりも赤くなった芥川がいて、思わず日吉は笑ってしまう。 「なんで笑うのさ・・・」 「いえ、まさかそう来るとは・・・」 人の顔を笑いながら、自分の顔も相当赤いんだろうなと日吉は他人事のように考える。 「むー・・・」 「芥川さん」 「・・・なに?」 「さっきのだけじゃ、俺の風邪は治りませんよ」 「え、ひよ、」 拗ねてしまった芥川にさっきの仕返し、と言わんばかりに日吉はにやりと笑う。 今度は少し触れるだけの軽いものではなく、さっきよりも長く、甘く。 「・・・ひよ、し」 「心配して下さって、ありがとうございます」 素直にお礼を言うと、芥川は更に真っ赤になった。 日吉が微笑ましく思っていると、「あー・・・うー・・・」と言葉にならない声を発した。 「うー・・・〜〜お大事にっ!!」 しばらく唸った後、そう言い残して芥川は部屋を飛び出た。母親がそれに気付き、声をかけているのを聞きながら、日吉はかなり緩んでいると思われる自分の頬に手を当てた。 早く治して、学校へ行ったら真っ先に先輩に会いに行こう。
*おまけ* 「それにしても、お友達可愛かったわね〜。若さんの部活の後輩かしら?」 「え・・・・」 +++++ 若ジロで風邪っぴき話。(タイトルそのまんま) 実はおまけの部分が書きたくて作った話だったり・・・。 こっそり続きもあったりします。 (2007.2.21up) |