5月5日。

 端午の節句であり、子供達にとっては至福のゴールデンウイーク最終日という喜ばしいとも何とも言い難いこの日は、氷帝のテニス部―――特にレギュラー達にとっては特別な日であった。

 

 

 

 

 おめでとうを君に

 

 

 

 

 時計の針が5日の深夜0時ちょうどを指した。それと同時にジローの携帯がけたたましい音を鳴り響かせる。クラスメイトやチームメイトからのお祝いの言葉が記されたメールが次々と受信されていく中、本日の主役であるはずのジローは随分前から布団とお友達になっていたので、やはりというべきか、それらの受信音には全く気付かない。
 さすがに送る相手もジローの眠りっぷりを心得ているのか、電話でお祝いしようとする人はいなかったが、それでもメールは届き続けた。
 数分の間頑張って鳴り続けた携帯も、その内疲れ果てたかのように静かになった。

 

 

 

 ジローがそれらの着信の存在に気付いたのは、5日のお昼も近くなって来た頃だった。
 夜も早く寝ているにも関わらず、そんな時間まで一度も起きることなくずっと寝続けられるのは、さすがジローというべきか。今回はたまたま部活が休みだったからいいものを、これが普通に練習日だとしたら大目玉を喰らうところだ。

 まぁ、部長がジローにはとことん甘い人間なので、そこまで叱られる事は無いのだろうけど。

 

 ジローは、おめでとう!と思い思いに書かれたメールひとつひとつに丁寧に返事を送り、それぞれにきちんとお礼を述べる。
 そして、一通のメールを見て顔を綻ばせた。

 『誕生日おめでとうございます。』

 それは絵文字も顔文字も一切無いシンプルなメールだったが、そこがいかにも彼らしい。前に話していた時に、携帯など滅多に使わないと言っていた日吉がわざわざこうして自分にメールを送ってくれたことがとても嬉しい。
 あぁ、俺って愛されてるんだなぁとジローは喜びを噛みしめながら携帯を見つめた。

 

 

 全てのメールに返事を終えて一段落ついた後、ジローはすぐさま出掛ける準備を始めた。

 

 向かう先はもちろん。

 

 

 

「…芥川さん?」

「うん!芥川さんです!」

「まぁ、それは見れば分かりますけど…俺が送ったメールは読んだんですよね?」

「うん、でも少しでも早く会いたくて来ちゃった」

 ジローが向かった先は日吉の家。
 日吉からのメールに、今日会えるかといったような内容が書かれていたのだが、ジローはそれに返信する前に直接会いに来たのだ。
 Tシャツにジーンズという、普段滅多にお目に掛かれない日吉の服装に新鮮さを感じる。日吉を見ながら、ジローは暢気におお、私服だ、などと感心していた。そんなジローに対して、突然の来訪者に驚きしばらくポカンと口を開けたまま固まっていた日吉だったが、気を取り直してジローが玄関に上がれるようにと体を横にずらした。

 どうぞ、と言う日吉にどうも、と返す。勿論、きちんとお邪魔しますも忘れない。こういった礼儀は、日吉と一緒にいるうちに自然と身に付いた物だ。
 部屋に通された後、飲み物を取りに一旦部屋を出て行く日吉に、いってらっしゃい、と声を掛け、ジローは用意された座布団の上によいしょと腰を下ろした。

 

 きちんと整頓されている日吉の部屋は、とても居心地がいいといつも思う。それが他の誰でもなく、日吉の部屋だからなのかもしれないが、他の人の部屋と比べた事が無いジローには結論が出せなかった。

 ふと、初めて日吉の家へ遊びに来た時のことを思い出す。

 確か、昔の武家屋敷のような家を想像していて、日吉に話したら呆れられた気がする。実家が古武術の道場、と聞いたら古風な建物を思い浮かべてしまうのは、ごく自然なことではないのだろうか。
 武家屋敷では無かったことに、ちょっと残念だった覚えもある。

 

 そこまで思考を巡らせていると、日吉が戻ってきた。
 手にはお茶とムースポッキーの箱が乗ったお盆を持っている。好物を日吉がしっかりと覚えてくれてる事も嬉しかったが、何よりもいつ来ても食べれるようにと家にポッキーを常備してくれている事が幸せでたまらない。
 日吉はポッキーなんて食べなさそうなのに、と思わず顔が綻んだ。

「どうかしましたか?」

「ううん、ちょっと初めて日吉んちに来た時の事を思いだしてただけー」

「…あぁ。芥川さんが俺の家を武家屋敷だと思い込んでいた時の事ですか」

 そう言いながら当時の事を思い出したのか、口の端を上げながら日吉がニヤリと笑う。覚えててくれたんだ。日吉がそんな些細な出来事も忘れず覚えてくれていたのがとても嬉しくて、ジローは僅かに頬を紅潮させてへへっと笑った。
 それにつられるように、日吉もニヤリではなくフッと笑みを浮かべた。

 

「あ」

「ん?」

「お誕生日、おめでとうございます」

「うん、ありがと」

 

「本当はプレゼントを用意したかったのですが…どうしても何にすればいいのか思いつかなくて…」

「ん、全然Eーよ。真剣に考えてくれたっていうその気持ちだけで充分だよ」

「でも…1年に1度の大切な日なのに…」

 あまりに申し訳無さそうに日吉が項垂れるので、ジローはすこし考えた後、こう返した。

「じゃあ、今日は1日ずっと一緒にいよ?一緒にお昼寝して、夜ご飯も一緒に食べたいな」

「…それだけでいいんですか?」

 ジローの提案に少し不服そうにしながらも、様子を窺うようにそう問いかけられ、ジローは再び考える。しばらく経った後、ぽつりと付け足した。
 その顔は、何故か微かに赤い。

 

「あとは…俺の名前を呼びながら、いっぱいキス、して欲しいなー…」

 

 なんてね!と冗談のように振舞おうとしたが、ジローの顔はみるみるうちに真っ赤に染まり、その言葉が冗談では無いことをはっきりと示した。
 日吉も目を見開いたあと、瞬く間に真っ赤になる。

 しばらく、ゆでだこのような2人の間に沈黙が訪れた。それを先に破ったのは日吉だった。

「…いいですよ」

「え、本当に?」

「嘘だったんですか?」

「え、ううん!嘘じゃないC!」

 ジローが慌てて否定すると、日吉は嬉しそうに笑った後、ジローの顔に自分の顔を近づける。その動作がまるで、壊れ物を扱うような慎重さだったので思わずジローは真っ赤な顔のまま微笑んだ。

「ん…」

 ゆっくりと重なる唇に、2人の瞼が自然と下りる。しばらく時間が止まったかのようにそのままだったが、少ししてから名残惜しそうにそっと離れた。
 キスの余韻でボーっとしているジローがそっと目を開けると、真っ赤なまま照れ臭そうに笑う日吉の顔があった。

 

「ジローさん」

「うん、」

「…ジローさん」

「…ん」

 

 何度も何度も名前を呼んでくれる日吉に、ジローは愛おしさを感じる。自分を抱きしめてくれる日吉の背中にそっと手を回しながら、胸がいっぱいになり、何故だか少し泣きそうになった。

 こんなに幸せならば、これからも毎日が誕生日だったらいいのに。

 そう思ったのは果たしてどちらだったのか。この後もしばらく2人の戯れは続くのであった。

 

 

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随分遅れてしまいましたが、ジローの誕生日をお祝いしてみました。
愛だけはたくさん注いでますよ。ええ。

ちなみに私設定では、
普段の呼び方→「日吉」「芥川さん」
特別な日→「わか」「ジローさん」
みたいな。
いやーん、すーてーきー!(笑)

とにもかくにも、2人にはこれからもラブラブな生活をエンジョイしてほしいものです。
ジロー誕生日おめでとう!!

(ジロー君にありったけの愛を。)(2007.05.15up)