「ねぇねぇ南!『free hug』!!」

 

「…は?」

 

 

 

 

Give me a hug ! !

 

 

 

 

「『free hug』…?何だそれ」

「えー?南ってば、知らないの?」

部活の休憩中に突然そんな事を言われたが、南は千石の言っている意味が全く分からなかった。なので素直に訊ねてみた所、南遅れてるーと間延びした声で返され、ちょっとムッとした。
知らないものは知らないのだから仕方が無いだろう。

「あ!僕知ってます!」

南がしばらく考え込んでうんうんと唸っていると、助け舟を出すように壇が駆け寄って来た。

一体いつの間にこちらの会話を聞いていたのだろうか。ついさっきまで向こうで亜久津と話していた気がしたが…。遠くにいるものだとばかり思っていたので、南は驚いた。

「確かプレートを持って立ってるんですよね!」

「おぉ、檀君さすがだねー」

「はいです!本物は見た事無いですけど、テレビで見ました!」

驚いた南など一切お構い無しにキャッキャと2人は盛り上がっている。その傍らで一人取り残された南はぽつんと立っていた。2人の会話は答えになっていないので、話に全くついて行けない。

フリーハグとは結局何なのだろうか…

 

「それなら俺も知ってるぜ」

ゆっくりとこちらに向かって歩きながら亜久津がそう言ったので、南は軽くショックを受けた。

「お前も知ってるのか…?」

「…何でそんなにショック受けてんだよ」

「あ、いや…」

不機嫌そうに聞き返されたので南は怖くなって思わず口篭ったが、「優紀が言ってたんだよ」とバツが悪そうに舌打ちする亜久津を見て、気を取り直してフリーハグとやらが何なのかを訊ねてみる事にした。

亜久津が言うには、どうやら「free hug」と書かれたプレートを持った人を見かけたら、どこの誰でもその人に抱き着いて良い、という内容のものらしい。
『らしい』というのは、亜久津も詳しくは分かっていなかったからである。

そんなのがあるのか…と納得している南の横で、ちゃっかり話を聞いていた東方がなにやら考え込んでいた。
ふーん…と一言残した後、千石の方へ歩き出す。

そして、千石がそんな東方の行動に気付いて声を掛ける前に、唐突に千石を抱きしめた。

「ひっ、東方!?」

「?マサミンどうしたの?」

やたら慌てている南とやけに冷静な千石。その2人の対照的な行動を横目で見つつ、東方はしれっとした口調で答えた。

「千石はさっき『free hug』って言ったよな?」

「?うん。」

「それは『誰でも抱き着いてください』っていう意味なんだよな?」

「…あぁ!」

確かにそういう事になるね、と千石は楽しそうに東方に引っ付き返した。
誰でも自由に抱き着いて良い、それがフリーハグの意味する所だ。千石は自分でfree hugと言っていたのだから、東方が抱き着いても全く問題は無いという事になる。
そんな2人のやり取りを見ていた壇も、ならばと千石に抱きついた。

 

3人でキャッキャと…いや、東方にはキャッキャという言葉は似合わないか…ワイワイと楽しんでいる中、南は相変わらず固まったままだった。

しばらくしてから、3人の雰囲気を見てそれならば自分も…と室町が歩き出したのに気付き、南はハッと我に返った。

南は険しい顔をしながら、室町を押しのけて、ズンズンと進む。

そして、じゃれていた3人を勢いよく引き剥がした。

「えー南何する…」

 

の、と言い終わる前に、ブーイングをしようとした千石にお構いなく、南は千石を抱きしめた。

 

「えっ、ちょ、み、南!?」

突然過ぎるその行動に慌てふためく千石を尻目に、南はキッと東方を睨む。

 

千石は”俺”にfree hugって言ったの!お前には言ってない!」

 

南の剣幕に押され驚いていた東方だったが、その発言を聞いて咄嗟に俯いた。
よく見たら肩が小刻みに震えている。

 

 

千石は”俺”にfree hugって言ったの

せんごくはおれにふりーはぐっていったの

 

千石は”俺”に抱きしめてって言ったの

 

 

堪えきれずに東方は噴き出した。
お前ってヤツは…!!

 

「な、何笑ってるんだよ!」

「いや…悪い。そうだな、千石はお前のモノだからな」

「!別にそういうつもりで言った訳じゃ…!」

他にどういうつもりがあるというのだろうか。今の台詞は完璧に東方への嫉妬の言葉だ。しかもかなり独占欲の強いタイプの。
今になって自分の行動が恥ずかしくなったのか、南は途端に真っ赤になった。

その様子を見ていた亜久津は呆れて「ケッ」と一言漏らし去って行き、横では壇が「うわぁ…」と自分の事のように頬を染めていた。

 

ごにょごにょと言い訳めいた言葉を呟いている姿を見て、まあ落ち着けと東方が楽しげに南の胸元を指差した。

「まぁ…言いたい事は分かったから、とりあえず離してやれ」

「え?」

千石

「え、あ、ごめん!」

南は慌てて千石の体から手を離す。抱き着いていたことをすっかり忘れていた。
様子をそっと窺ってみると、千石は俯いている。後ろからはどんな表情をしているのか全く分からない。

もしや力が強すぎて痛かったのではないか、怒っているのではないか…と不安になった南は千石に改めて謝ろうとしたが、それよりも早く千石は振り返って南を睨みつけた。

その顔は火が出そうなくらいに赤い。

 

「南の…地味ーーーーー!!

えぇ!?

突然叫んだと思ったらそのまま千石は走り去ってしまった。そんな彼を止める者は誰もいない。

南は何が起こったのか分からず、とりあえず千石に言われた『地味』という言葉に文字通り地味にショックを受けていた。『馬鹿』ではなく『地味』と罵られるあたり、流石地味’sの片割れというべきか。

 

ショックを受けている南の背中を見ながら、やっぱコイツらを見てると飽きないな…としみじみ思いつつ、当分は笑いが止まりそうにも無い東方なのであった。

 

 

 

 

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あ、室町くんの存在途中から忘れた(笑)

千石さんは南を照れさせようとして、逆にやられ返されてると良いと思うよ。

(2007.11.9up)(久々の更新…)