…この状況は、一体どうすればいいんだ。
日吉は困っていた。知らず知らずの内にため息がこぼれてしまい、咄嗟に口元に手を当ててからクソッと小さく悪態をつく。
何で俺がこんなに気を遣わなきゃいけないんだよ…!
日吉の悩みの種は目の前の扉の向こうにあった。
部室の前でしゃがみ込んだまま、背中越しに聞こえてくる会話を出来る限り聞かないようにした。
…いや、“したかった”の方が正しいのだが。
「おい、これはどうするんだ」
「あ!跡部、勝手に弄るなよ!そこは俺がやるから!」
「日吉、喜んでくれるとええな」
「ウス!」
明らかに部室内では誕生日パーティーの準備が進んでいる。それも日吉の。
今までの会話から察するに、サプライズのつもりだったようだ。過去形なのは、主役の日吉が既にパーティーの存在を知ってしまっているから。
本来ならば今日、日吉は委員会で遅くなる予定だった。
朝練の時点でその事は跡部に伝えてあった。その時に周りがどことなく安心したように見えたのはそのせいだったのか。
しかし残念な事に、実際の所、委員会は思ったよりも早く終わってしまった。
特に他にすることもなかった日吉は、そのまま真っ直ぐ部室に向かったのだが、それが間違いだったのだろうか。
なんで今日に限って委員会が早く終わるんだよ、とかなんで俺は寄り道しなかったんだ、とか見当違いの所に怒りをぶつけてみても、状況は何も変わらない。
気まずい。非常に気まずい。
うっかり誰かが口を滑らせた訳でもなく、日吉がパーティーの存在に感づいた訳でもなく、ただ単に現場を目撃してしまっただけ。
それだけの事が日吉には負担だった。
一体どうしろと言うのだろうか。困り果てて思わず小さく丸まる。
しかしこの場にずっといる訳にはいかない。
誰かが部室から出てきてしまったらそれこそ気まずい。
とりあえず教室にでも戻るか…と重い腰を上げながら、後ほどどうやって驚くフリをすればいいのかと日吉が頭を悩ませていると、遠くから声がしてきた。
ヤバイ。そう思ったが逃げる暇はなく、非情にもその声の主はやってきてしまう。
「準備できたかなあ」
「さぁな、大して進んでないんじゃねーの?」
「早くしないとひよ…あ。」
「あ。」
声の主二人と目が合った。
そのうちの一人であるジローの手から、ビニール袋がガサッと落ちる。
中からゴロゴロとペットボトルが転がったが、放心状態のジローはそのことに気付かない。
恐らく彼らは買出し係だったのだろう。
面倒な事になった、と日吉は思った。
もう少し早くこの場を立ち去るべきだったか…と後悔していると、ジローの後ろにいた宍戸からため息がこぼれたので、日吉はそちらを見遣った。
「おいおい…長太郎が足止めしてるんじゃなかったのかよ」
お前か鳳ィィ!
ちゃんとお前が引き止めてくれれば、俺はこんなに気まずい思いをしなくてすんだのに…!
すぐさまここにはいないチームメイトに怒りをぶつけてみるが、現状は変わらない。
これじゃ激ダサだぜ、と帽子を弄る宍戸を見ていた日吉は、何故だか申し訳ない気分になり、思わずすみませんと呟いた。
いつもピンと伸びている日吉の背筋が、少しだけ丸まる。
「まあ若のせいじゃねぇからよ、気にすんな」
転がったペットボトルにようやく気付いたジローが、それらを拾い集めながら、そうそう、日吉は悪くないよ、と続ける。二人の励ましの言葉で余計にいたたまれなくなり、日吉の背中は更に丸くなった。
そんな日吉を見て、ジローが再度声をかけようとすると、バタバタとこの場に似つかわしくない足音が聞こえてきたので三人揃ってそちらを向いた。
「すみません!先生に呼ばれている内に日吉を見失ってしまい…ってああ!日吉…!」
息を切らしながら一気にまくし立てた後、少し遅れてその場に日吉がいることに気付いた鳳が悲鳴に近い声を上げる。
騒がしいのがやってきた。
走った影響で赤かった顔が一瞬にして青くなった鳳を見ながら、日吉は思わず眉間に皺を寄せた。
後ろからも宍戸とジローの呆れたようなため息が聞こえてくる。
「何騒いでるんだよ」
「あ、日吉いるじゃん!」
「あらら、足止めは無理やったんか」
「…ウス」
「サプライズは失敗だねー」
人の気配に気付いたのか、それとも鳳のでかい声が部室まで聞こえたのか(多分後者)、続々とレギュラー陣が窓から顔を出した。
皆すぐに日吉の存在に気付いたが、反応は随分とあっさりしていた。
彼らのそんな態度に拍子抜けしていると、向日が手に持っていた折り紙のわっかをクルクルと回し始める。
「まぁ、元々鳳には期待してなかったしな」
「ええ!?」
「期待してへんっちゅーか、日吉ならすぐに鳳を振り切るやろうなって予想してたっちゅーか」
「そ、そんなぁ…」
先輩の言葉にガックリと鳳が項垂れる。
そんな鳳を慰めるように、宍戸はポンと肩を叩いてやった。
「とにかく、バレちまったモンはしょうがねぇ。改めて仕切り直しだ!」
跡部の一声をきっかけにジローと宍戸が日吉の背中をグイグイと押した。
戸惑う日吉に構わず、そのまま部室の入り口まで運び扉を開けると、いつの間に用意したのか、向日や滝がクラッカーを盛大に鳴らした。
その音にびっくりした日吉は思わず目を見張る。
「改めて、誕生日おめでとう!日吉!」
次々にお祝いの言葉をかけられ、プレゼントを渡される。
サプライズなんて一切なくなってしまったが、目の前ではしゃぎ騒ぐ先輩たちを見ていると、そんな事は関係なくなった。祝われる事に代わりない。
あれだけ悩み、真剣に考えていた自分が馬鹿らしく思えてきた。
それくらいみんなの気持ちが温かい。
みんなの顔を見回しながら、日吉は自分の顔が少しずつ緩んでいくのが分かった。
「ありがとうございます」
(2010.2.16up)(遅すぎるにも程がある日吉の誕生日祝い)
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