日吉は俺の髪が好き。なんだと思う。

 

 

 

 

 

ふわふわ

 

 

 

 

 

 いつものように部活が終わり、全員が片付けに取り掛かった。ボールを拾って集めたり、コートを整備している部員を見ながら、俺はベンチに寝転がっていた。本来ならば当然俺も手伝わなければいけないのだけれど、どうしても眠い日は大目に見てもらっている。みんな良いヤツだ。
 しばらくそのままボーっとしていると、宍戸が側に来て「こんな所で寝てると風邪引くぞ」と軽く叱られた。おめぇも良いヤツだなぁ、と何気なく言うと、宍戸は照れたのか視線をあちこち彷徨わせた。こういう面倒見がいい所が後輩に好かれる理由なんだろうと思った。
 そんな兄貴分な宍戸に促されて、俺は部室へと向かった。

 

 部室にはまだ誰もいなかった。宍戸はまたこれから自主練をしに行くらしく、鳳に呼ばれてコートへと戻って行った。元気な時は俺も誰かと打ちに行くけど、今日はやたらと眠いからやめておく。眠い時は寝る、そんなポリシーを持った俺はそのまま部室に残った。

 俺しかいない部室は当然静かだ。
 一番近くにあった椅子に腰掛けると、眠気がすぐに襲ってきて俺は机に突っ伏した。

 

 うとうとして、あと少しで眠る、そんな時にふいにドアが開いた。会話が聞こえない事から、どうやら一人のようだ。
 誰が来たのか気になったけど眠気には勝てず、そのまま俯いていた。

 

「…芥川さん?」

 

 小さく囁いた声に、少しだけ目が覚めた。この独特な声は日吉だ。前に岳人か誰かがこの声を生意気な声だと言っていたが、俺は日吉の声が結構好きだったりする。照れ臭いから本人の前では決して言わないけど。
 そんな事を寝ぼけながら考えていると、日吉は俺が眠っていると思ったのか静かにドアを閉めた。俺を起こさないようにと気を遣っているのが気配で分かる。
 その気配りが嬉しくて、まだこのままでいいか、ともうしばらく顔を伏せたままにした。

 まぁ、起きるタイミングを逃したとも言うけど。

 

 再び部室に静寂が訪れる。聴こえるのは時計の音と、遠くから聞こえてくるみんなの声、それに日吉が僅かに立てる物音だけ。
 夏は終わったけど、まだ日が暮れるのはそんなに早くない。夕方になると涼しい風が吹いて、もう秋なんだと改めて実感させられた。そよそよと流れる風は気持ちいいのだけど、窓から入ってくる夕日が眩しくて俺は顔をちょっぴり顰めた。

 再び夢の中へと旅立ちそうになっていた俺に、日吉が近付いて来るのが分かった。何か俺に用かと思ったけど、今すぐ顔を上げるのも不自然だと思いそのままでいたら、ふいに頭に何かが触れた。
 それが日吉の手だと理解するのに、そう時間は掛からなかった。わしゃわしゃと撫でるのではなく、優しく触れるだけのそれはとても気持ちよく、更に眠気が襲ってくる。

 日吉はよくこうして俺の頭を撫でる。しかも必ず、俺が眠っている時にだけ。
 俺の髪が好きなんだろう。日吉の髪がストレートだから余計に気になるのかもしれない。こんな寝癖みたいな髪なのに。俺は日吉のような真っ直ぐな髪の方が好きだ。

 

 何故寝ている時だけなのだろうか。そんな疑問を抱きつつ、しばらく大人しく撫でられていると、ふいに妙な不安が頭をよぎった。
 ひょっとしたら日吉が好きなのは俺の髪の毛だけなのだろうか。俺は髪の毛のおまけ。だから、寝ている時だけで充分なのかもしれない。冷静に考えると可笑しな話だけど、睡魔のせいか不安でいっぱいになった。

 

 どうして。どうして起きている時に撫でてくれないのか。何故眠っている時だけ。

 

 ふいに言いようのない焦燥に駆られて目を開けると、思ったよりも近くにいた日吉と目が合った。

「!」

 慌てて日吉が俺の頭から手を離した。びっくりしたのか目を見開いている。

「い、いつから起きてたんですか?」

「俺はずっと起きてたよ」

 ずっと、の言葉に日吉は瞬く間に顔を赤くした。まさか俺が起きていたとは思っていなかったのだろう。口元に手を当てて狼狽えている。

「なんで、」

「…?」

「なんで寝てる時にしか撫でてくれないの?」

 自分で言いながらちょっと悲しくなってきて顔を歪めると、日吉は困ったような表情をした。
 しばらく目が泳いでいたが、しかし観念したようにボソッと呟いた。

 

「なんでって…恥ずかしいからに決まってるでしょう…」

 

 真っ赤になりながら告げたその言葉に、今度は俺が目を見開く番だった。その意味を理解した途端、俺の体から力が抜けていくのが分かった。日吉は単に恥ずかしかっただけなのだ。俺が起きている時は。だからこうしてこっそりと撫でていた。

「なんだ…」

 ホッとして、自分の顔がふにゃと緩んだ。

「てっきり、俺じゃなくて、俺の髪の毛だけ好きなのかと思ったよ」

 小さい声でそう言うと、日吉は俺の言葉が予想外だったのか目を見開いてしばらく固まった後、突然笑い出した。その態度にちょっとムッとした。俺は本当に不安だったのに。

「髪の毛だけって…そんな訳ないでしょう」

 よっぽどツボだったのか、可笑しそうに笑いながら俺の髪をくしゃっと撫でた。俺がビックリしていると、ニヤリと笑った後、更にわしゃわしゃされた。
 それがとてもくすぐったくて、俺は体を捩らせながら声を出して笑ってしまった。

 

 

 訂正。

 日吉は俺の髪 “も” 好きでした。

 

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一回全部消えたせいで何だかあやふやです…><
残念すぎる…

(2008.09.25up)

 おまけ